私の国に来てくださってありがとう

 

私の妻はベトナム人で、私もベトナムに住んで14年が過ぎました。

私はベトナム人から恩恵を受けている立場なもので、逆に、日本にいるベトナム人も

そうであって欲しいという思いもあって、ベトナム語聖書とベトナム語訳された三浦綾子さんの本を

日本のプロテスタント教会に配っています。

 

私の友だちにライターをしている中安さんという方がいるのですが、彼の読売新聞の記事の中に、

私たちの気持ちを代弁したものがありましたので下記の通り記載しリンクも張りました;

 

https://oryza.vietnhat.tv/e46001.html

 

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私の国に来てくださってありがとう

 

その日、私が立ち寄ったカフェはセルフサービススタイルの店だった。レジでお金を払うと、

私が「電子番号札」と呼んでいる小さな機器を渡される。注文した品の用意ができると、

それが光を点滅させながら音を出すので、カウンターに受け取りに行くという仕組みだ。

 

コーヒーを注文した私は、「お店は空いているし、すぐ出てくるだろう」と、席には着かず、

受け取りカウンターの前に立って待っていた。

 

すると若い女性の店員さんが話しかけてきた。
「お客さんは、どこの国の人ですか?」
「結婚していますか?」
「お子さんは何人? 男の子、それとも女の子? 何歳ですか?」
など、どれも初対面のベトナム人から必ず聞かれる、ありふれた質問である。

 

「いつからベトナムに住んでいますか?」
と問われて、2002年からだと答えると、
「長いですねえ!」
と彼女は驚いている。

 

立ち話をしているうちに、注文したコーヒーが出てきた。すると彼女が、
「記念に握手をしてもらえませんか?」
と手を差し出してくるではないか。

 

照れながら右手を出すと、彼女は両手で私の手を握りながら言った。
「私の国に来てくださってありがとう」

外国人が自分の国を気に入って長く住んでくれれば、確かに誰でも嬉しい。

 

しかしベトナム人の場合は、それだけではないと思う。彼らは自分たちが

経済的弱小国であることを知っている。それだけに、先進国と言われる国の人が

ベトナムに長く住んでいると、非常に喜ぶ。

その外国人が少しでもベトナム語を話すと、なおさらである。

 

さらにベトナムは世界に冠たる親日国だ。私は日本人というだけで、

ベトナムでは相当得をしている。この日のようにお礼を言われたり、

握手を求められたりすることも、月に1〜2回はあるだろう。

 

私は長くベトナムに住んでいるが、感謝されるようなことは何もしていない。

むしろ、私のほうが「住まわせてくれてありがとう」と

ベトナムにお礼を言わなければならない立場だ。

 

そんなベトナムの人たちに対し、私は「日本のことを好きでいてくれてありがとう」

「日本に来てくれてありがとう」という気持ちを持って接しているだろうか。

 

「ベトナムは人件費が安いから助かる」「ベトナム人は、もっと日本に旅行に来て

お金を落として欲しい」など、日本側の利益ばかり考えていないだろうか。

自分はベトナムが親日であることを、当然のように受け止めていないだろうか。

思わずそんな自問自答をしてしまった。

 

(初出:読売新聞・国際版 2017年6月30日/改稿:2019年1月14日)

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ベトナムにおけるベトナム人の日常生活に興味のある方は、どうぞ、リンクされた

中安さんのブログの記事をご覧になってください。